Marvin Berry

Marvin Berry:

[on the phone, as Marty plays "Johnny B. Goode"]

Chuck. Chuck. It's Marvin - your cousin, Marvin Berry. You know that new sound you're looking for? Well, listen to this.

Back to the Future (1985)

dome

諸刃の剣

TimeCommunicationは、政治・経済・安全保障・プライバシーなど社会システム全般に深刻な打撃を与えかねない。

2.使えるのか?

この章では、TimeCommunicationの応用について考察します。

予知

ボブ: 実験で決着をつけろって簡単に言うけど、僕たちは量子光学の専門家でも資産家でもないんだよ。

アリス: そうね。今は、ライト兄弟の時代じゃないんだから、私たちの乏しい専門知識と資金力じゃあ最先端の実験を企画するなんて土台無理な話よね。

キャロル: 確かに、実験装置の製作や実験結果の解析には高度な専門知識が要求されるから、この実験は私たちにはハードルが高すぎるわね。それに、良質なレーザ光源や非線形光学結晶や光子検出器など量子光学デバイスはみな高価だから、ダブルHOM干渉の実験をするには相当な資金がいるわね。でもあきらめるのはまだ早いわ。私たちのような素人だって、さらに思考実験を重ねて考察を深めることはできるでしょう。幸い、問題となる系の状態を表す数式はすごくシンプルだから、論理の展開を間違えることがなければ私たちでも正しい結論にたどり着けるはずよ。


(筆者注: 話の流れからすればここから思考実験が始まるのが順当ですが、その思考実験は物理の啓蒙書をやや超えたレベルの知識を読者に要求するので、あえて最終章に移しました。以下、思考実験で肯定的な結論が得られたものとして話を進めます。)


ボブ: もし、TimeCommunicationが実現したら、僕たちはギャンブルで大儲けできるぞ!

アリス: よくそんな暢気なことを言っていられるわね。我々の株式市場や為替市場は、正確な予知が不可能という前提の上に成り立っているんだから、その前提が崩れたら市場経済全体が大混乱に陥るわ。実際、為替のFX取引(スキャルピング取引)は秒単位で決済されるから、数10秒先の未来を予知する力を獲得した貧乏人は、一夜にして大富豪になれる。でも、それは倫理的に許されることではないし、そんな錬金術が敵性国家やテロリストに悪用されたら最悪だわ。

キャロル: 経済だけじゃない。政治や軍事の中枢システムも、正確な予知が不可能という前提のうえに構築されている。だから、TimeCommunicationの実用化によって社会システム全体が大混乱に陥る危険性がある。

アリス: それに、第三者に未来の自分を覗かれるという可能性もでてくるわね。これは、深刻なプライバシーの侵害だわ。

ボブ: まあ、本当にTimeCommunicationが実現したら、その利用制限や社会システムの再構築が必要になるだろうね。だけど、TimeCommunicationの肯定的な面にも目を向けて欲しいね。もし、巨大地震を正確に予知できたとしたら、その都度、何万もの命が助かるかもしれないんだぞ。

アリス: TimeCommunicationは、まさに諸刃の剣ということね。

キャロル: 私たちは、TimeCommunicationが実現した場合の社会的影響を心配する前に、まず、それが予知以外のどんなことに応用できるかを列挙してみる必要がありそうね。


fig9

図9. 超光速通信

惑星間の超光速通信は、TimeCommunicationと電波通信を組み合わせることにより達成できる。

超光速通信

ボブ: それじゃあ、手始めにTimeCommunicationが銀河帝国の超光速通信網に利用できるかどうか考えてみようよ。

アリス: 宇宙空間に光ファイバーを敷くわけにはいかないから、無線通信を使う必要があるわね。

キャロル: TimeCommunicatorを惑星間に敷設する必要はないわ。それは、地球上あるいは適当な惑星上に設置してあればいいのよ。例えば、地球で起こった地震を超光速通信によって瞬時に木星に伝えたいときは、図9のように、まずTimeCommunicatorを使って地震が起きた直後の地球からその40分前の地球に地震を通報しておいて、そこから電波通信を使って木星に地震を通報すればいいのよ。

アリス: なるほど。キャロルがいうとおり、電波通信とTimeCommunicationとを組み合わせた通信全体は超光速通信になるわね。ただし、通信の原因事象と受信事象との時空関係が相対論的因果律に反しないというのが絶対条件ね。でも、そうすると千光年離れた恒星系へ瞬時に超光速通信をする場合、送信できる情報は千年以上も前にその通信の原因が確定している情報に限られてしまうわ。

ボブ: そんな超光速通信じゃあ銀河帝国の通信網に使えないな。だって、銀河皇帝から千光年離れた殖民星に向けて下される指令が、千年以上も前に決定的な原因を持つ(予定されていた)としたら、とんだお笑い草だろ。

キャロル: そうね。でも、現在NASAが計画している惑星探査に使うレベルならこの超光速通信は十分実用的だわ。

アリス: それにしても、超光速通信は巨大地震の予知などに比べると、TimeCommunicationの地味な応用といえそうね。もっと、TimeCommunicationの特性を活かした応用があるんじゃないかしら?


fig10

図10. 計算結果の先取り

「計算を実行する可能世界」のアリスから50%の確率で情報が届く場合でも、「計算を実行しない可能世界」のボブが過去のボブ自身に解を送信すれば、50%以上の確率で計算結果を先取りできる。

計算結果の先取り

アリス: たとえば、私がコンピュータに計算をさせた後、その計算結果を、コンピュータが計算を始める前のボブへ送信したら、ボブはコンピュータが計算を始める前にその計算結果を先取りできるわよね。

ボブ: そんな虫のいい話はありえないよ。だって、その場合僕は計算結果を先取りした後にコンピュータの計算を制止することだってできるだろ。コンピュータの計算を制止した場合、僕にその計算結果を送信したアリスはいったいどこにいるんだい?

キャロル: 計算結果を受信した時点で計算を実行するかどうかが未決定で、その後、量子サイコロで計算の実行・非実行を選択する場合は、現実世界でコンピュータが計算を実行しない場合でも、ボブには計算結果を先取りする可能性がある。なぜなら、その場合、計算を実行する可能世界のアリスから情報が届く可能性があるからよ。おもしろいことに、「計算を実行する可能世界」のアリスから50%の確率で情報が届く場合でも、それ以上の確率で計算結果を先取りすることができる。というのは、計算を実行しない場合でも、計算結果を知ったボブは過去の彼自身に向けてそれを通報できるからよ。(図10参照)。

アリス: なるほど。タイムループを利用すれば、ボブは「計算を実行する可能世界」の私からだけじゃなく、「計算を実行しない可能世界」のボブ自身からも計算結果を受信できるというわけね。

ボブ: そんな手品のようなことはありえない。なぜなら、何も無いところから解という情報が生じることはありえないからさ。

キャロル: そうかしら?例えば、円周率は計算するかどうかにかかわらず実在しているでしょう。同様に、一般の計算問題でも、その解は計算するかどうかに関わらず実在しているはずよ。だから、計算せずに解を知ったとしても無から情報が生じたわけではないのよ。

アリス: そうすると、スーパーコンピューターを使っても長時間かかる計算の結果を計算前に先取りできるだけじゃなくて、一定の確率で計算を実行させずに解を手に入れてスーパーコンピューターの馬鹿高いレンタル料金を節約できるというわけね。これはTimeCommunicationのすごくうまい応用といえるわね。

キャロル: 感心するのはまだ早いわ。計算結果の先取りは、TimeCommunicationを利用した情報処理としては最も単純なものなんだから。


fig11

図11. 直観マシン

TimeCommunicationを使えば、金貨が入っている正解の箱以外の箱を開けると箱が爆発するという設定において、正解の箱を予見して安全に金貨を手に入れられる。

直観マシン

キャロル: TimeCommunicationを使えば、多数の解候補の中から1つの正解を即座に知ることができる。例として、外見からは見分けがつかない3つの箱のいずれか1つに金貨が入っており、金貨が入っていない箱を開けると箱が爆発するという設定で、できるだけ安全に金貨を手に入れるという問題を考えてみるわね。図11の受信時点Rc1,Rc2で正解信号を「誤って受信した可能世界」(W1, W2)では、対応する不正解の箱を開ける。その結果、箱が爆発する。一方、受信時点Rc3で正解信号を「正しく受信した可能世界」(W3)では、対応する正解の箱を開ける。その結果、金貨の入った正解の箱が確定する。そこで、可能世界 (W3)ではTimeCommunicationを用いて正解信号を受信時点Rc3へ送信する。すると、「誤受信」の場合を除けば、受信時点Rc3で正解信号を受信することになるので、金貨の入った箱を予知して安全に金貨を手に入れることができる。

ボブ: 「誤受信」の確率が3分の2になれば、その予知は意味を失うな。

キャロル: うまくいくかどうかは、TimeCommunicationの精度にかかっているということね。通信精度が高ければ、正しい受信時空領域で最も強い信号を受信できるはずよ。この情報処理方法なら、選択肢がもっと多い場合でも高い確率で正解を予知できそうね。この例のように決定論的なアルゴリズムを用いることなく正解を探り当てるTimeCommunicationは、何だか我々の直観に似ているわね。

ボブ: 少数の選択肢の場合はうまくいったとしても、選択肢が多くなれば「誤受信」の可能性は無視できなくなる。

キャロル: そうね。でも、TimeCommunicationを用いた非決定性チューリングマシンなら、膨大な数の選択肢の中から瞬時に正解を割り出せるわ。


fig12

図12. 非決定性チューリングマシン

TimeCommunicationを使えば、ほぼnステップで、2のn乗個の解候補の中から一つの正解を見つけ出すことができる。

非決定性チューリングマシン

アリス: 非決定性チューリングマシンって、いったいなに?

キャロル: ウィキペディア(日本語版)によると、「(前略)第一に非決定性チューリング機械(NTM)は「最も幸運な推測機; luckiest possible guesser」であるとする考え方である。NTMは受理状態に到達することがあるならその状態に最終的に到達するような状態を常に選択して遷移する。(中略)NTMには一種の計算の木構造が存在する。その木構造の一つの枝で受理状態で停止したとき、NTM全体が入力を受理したと言える。(後略)」とある。私は、理論計算機科学については無知だけど、それでもTimeCommunicationが可能ならNTMが実現できることぐらいは分かるわ。

ボブ: 無知なくせに専門用語を持ち出すとは、君は典型的なトンデモさんだね。

キャロル: 辛辣ね。でも、あなたが何らかの発明をした場合を想像してみて。もし、すでにその発明を仮想的な概念として研究している科学分野が存在しているなら、あなたはその分野に関して無知だとしても、その分野の学術用語を使って自分の発明を説明するべきじゃないかしら。だって、そうすればあなた自身やあなたの協力者や追随者が、その分野の研究成果を利用してあなたの発明を評価できるでしょう。実際、特許法でも発明の説明に学術用語を使うことが要請されているのよ。

アリス: それじゃあキャロル、あなたの発明を説明してみて。

キャロル: 例として、まず、2の1000乗個の解候補の中から1個の正解を見つけ出すという問題を考えてみるわね。もし、しらみつぶしに調べて正解を見つけるしかないとすると、平均2の999乗ステップという膨大なステップ数を要することになるわ。つまり、しらみつぶしに調べて正解を見つけ出すことは事実上不可能ということね。ところが、もしTimeCommunicatorを使えたら、高々数千ステップで、つまり一瞬の内に正解に到達できるのよ。


(著者注: 以下、TimeCommunicatorを使った非決定性チューリングマシンの原理を示します。原理に興味がない方は、次節「スーパーAI」にお進みください。)


図12は、簡単のために2の3乗個(8個)の解候補の中からTimeCommunicatorを使って1個の正解を見つけ出す非決定性チューリングマシンを示した図よ。 まず、8個の全解候補を2分した第1段階グループ{w1, w2, w3, w4}, {w5, w6, w7, w8}と第1受信時空領域の2つの受信時点Rc11,Rc12とを1対1に対応させる。 つぎに、第1受信時空領域の2つの受信時点Rc11,Rc12で受信した各々の正解信号の強さを比較し、強い正解信号を受信した受信時点Rc12に対応する第1段階グループ{w5, w6, w7, w8}を選択する。 さらに、選択した第1段階グループを2分した第2段階グループ{w5, w6}, { w7, w8}と第2受信時空領域の2つの受信時点Rc21,Rc22とを1対1に対応させる。 また、第2受信時空領域の2つの受信時点Rc21,Rc22で受信した各々の正解信号の強さを比較し、強い正解信号を受信した受信時点Rc21に対応する第2段階グループ{w5, w6}を選択する。 第2受信時空領域の受信時点Rc21,Rc22のいずれか一方または両方で予め設定した閾値以上の強さの正解信号を受信したときは、過去への通信により第1送信時点Tr1から第1受信時空領域の対応する受信時点Rc12へ正解信号を送信する。図では、第2受信時空領域の受信時点Rc21で予め設定した閾値以上の強さの正解信号を受信した場合を示した。なお、閾値は、理論上最も強い正解信号の2分の1の強さというように予め決めておけばよい。
以下、同様な処理を繰り返す。

すなわち、選択した第2段階グループを2分した1つずつの解候補からなる第3段階グループ{w5}, {w6}と第3受信時空領域の2つの受信時点Rc31,Rc32とを1対1に対応させる。 また、第3受信時空領域の2つの受信時点Rc31,Rc32で受信した各々の正解信号の強さを比較し、強い正解信号を受信した受信時点Rc32に対応する解候補{w6}を選択する。 第3受信時空領域の受信時点Rc31,Rc32のいずれか一方または両方で予め設定した閾値以上の強さの正解信号を受信したときは、過去への通信により第2送信時点Tr2から第2受信時空領域の対応する受信時点Rc21へ正解信号を送信する。図では、第3受信時空領域の受信時点Rc32で予め設定した閾値以上の強さの正解信号を受信した場合を示した。 最後に、世界W6において、選択した解候補{w6}を問題に適用して正解だった場合、過去への通信により第3送信時点Tr3から第3受信時空領域の対応する受信時点Rc32へ正解信号を送信する。


以上の原理にもとづけば、2のn乗個の解候補の中にある一つの正解を高々数nステップで割り出せる。だから、この非決定性チューリングマシンを使えば、巡回セールスマン問題のようなNP困難な最適化問題でも多項式時間で解けるはずよ。


ai

「スーパーAI」

皮肉なことに、「スーパーAI」が提案する「万物の理論」は、我々人間の理解力を超えているかもしれない。

2001: A Space Odyssey (1968)

「スーパーAI」

アリス: 非決定性チューリングマシンを応用すれば、意識を持つ強いAIが実現するのかしら?

ボブ: マシンが意識をもつことなどありえない。非決定性チューリングマシンが可能かどうかという問題と強いAIが可能かどうかという問題は全く別の問題だよ。

キャロル: たしかに、人工意識や人工人格といった問題は計算速度と直接関係する問題ではないわね。でも、非決定性チューリングマシンを使えば、きっとヒトよりもうまく発明や発見をするマシンができるでしょうね。つまり、それを使えば極めて強力な「弱いAI」が実現する。

ボブ: マシンは意志を持ち得ない。だから創造力も持ち得ない。

キャロル: 芸術的な創造についていえば、ボブの言う通りかもしれないわね。でも科学的な創造は、人間の意識や人格と切り離して考えることができるわ。

ボブ: 何をチンプンカンプンなことを言っているんだ。科学的創造性こそ人間のアイデンティティの中心に位置する知性じゃないか。マシンは適当なプログラムの基づいて綺麗な絵や心地よい音楽を作るかもしれないが、それに偉大な科学的創造ができるはずがないだろ。

キャロル: マシンが綺麗な絵や心地よい音楽を出力したとしても、それでマシンが芸術的創造をしたことにはならないわ。なぜなら、芸術とは、表現者と鑑賞者の精神的なコミュニケーションを指す概念だからよ。一方、科学的創造とは、科学者の精神から独立した世界モデルや真理の発明や発見のことだわ。

ボブ: それじゃあ訊くが、マシンが相対論や量子力学のような偉大な科学的創造をどのようにやってのけるというんだい?

キャロル: すでに、現在の弱いAIの能力は、偉大な先人たちの発見や発明の一部を、独自に再発見や再発明できるレベルに達しているわ。非決定性チューリングマシンと適切なアルゴリズムが揃えば、相対論や量子力学といった体系的な理論を再発見する「スーパーAI」ができても不思議じゃないのよ。

アリス: つまり、発明や発見を目的として、学習し、進化していくような「スーパーAI」が実用化した暁には、ノーベル賞級の科学的創造の殆どが彼らによってもたらされても不思議じゃないということね。彼らは、我々人類が追い求めてきた「万物の理論」をあっさりと打ち立ててしまうかもしれない。しかも、皮肉なことに、「スーパーAI」が提案する「万物の理論」は、我々人間の理解力を超えているかもしれない。