storm

Sarah Connor: What did he just say?

Gas Station Attendant: He said there's a storm coming in.

Sarah Connor: [sighs] I know.

The Terminator (1984)

fig1

図1. 地震の予知

地震の「原因事象」が地震の予知時点よりも過去に位置するとすれば、因果律は守られる。

fig2

図2. パラドックスの回避

アリスからボブへ通信機の破壊命令が届くかどうかは確率的である。したがって、因果パラドックスは回避される。

1.それは実現可能か?

この章では、TimeCommunicationの実現性について考察します。

パラドックス

ボブ: ナンセンスだよ。TimeCommunicationは。

アリス: 同感だわ。TimeCommunicationは因果律に反するものね。

キャロル: ちょっと、待って。なぜそれが因果律に反するといえるの?

アリス: だって、送信が原因で受信が結果だとすれば、TimeCommunicationは原因と結果の順序を逆転させてしまうでしょう。

ボブ: アリスの言うとおりだよ、キャロル。

キャロル: 確かに、通信の原因が、送信だとすれば、アリスは正しい。でも、なぜ通信の原因は送信だと断言できるの?たとえば、未来のアリスが、そこで起こった地震を現在のボブに通報すれば、ボブは地震を予知できるわ。この場合、通信の原因は、地震の原因まで遡れるはずよ。そこで、もしボブが地震の通報を受けた時にすでに地震の原因が存在していたなら、「通信の原因(地震の原因)」と「通信の結果(ボブの受信)」の順序は正常だから、このTimeCommunicationは因果律に反しないわ。(図1参照)

ボブ: 詭弁だよ。その地震の例ではたまたま矛盾が生じないというだけのことさ。もし、未来のアリスが、TimeCommunicatorを使って、現在の僕にそのTimeCommunicatorを壊せという指令を送信したらどうなるんだい?僕が未来のアリスにしたがってTimeCommunicatorを壊せば、そもそも僕にTimeCommunicatorの破壊指令を送信する未来のアリスは存在しえないというパラドックスに陥るじゃないか。

アリス: ふ〜ん、タイムトラベル物のSFでよく見かける祖父殺しのパラドックスのTimeCommunicationバージョンね。でも、それってよく考えるとパラドックスじゃないんじゃない?

ボブ: おいおい、アリスまで変なことを言い出すなよ。

アリス: だってその場合、事前の段階では次のような二つの可能性があるといえるでしょう。


可能性Ⅰ: 現在のボブは可能性Ⅱの未来の私から破壊指令を受信する。—(その後)— TimeCommunicator破壊。—(その後)— 可能性Ⅰの未来の私は現在のボブに破壊指令を送信しない。

可能性Ⅱ: 現在のボブは可能性Ⅱの未来の私から破壊指令を受信しない。—(その後)— TimeCommunicator温存。—(その後)— 可能性Ⅱの未来の私は現在のボブに破壊指令を送信する。


この状況は、図2のように表すことができるわ。だから、あなたが指令を受信してTimeCommunicatorを壊し、その結果、私が指令を出せなかったとしても、それはたまたま可能性Ⅰの方が現実になっただけだと考えればパラドックスには陥らないでしょう?

ボブ: それって、もしかして量子力学の多世界解釈ってやつ?

アリス: 多世界解釈の支持者が、この問題をどう捉えるか私には分からないけど、論理的に考えるとパラドックスは生じないということね。

キャロル: さすがだわ、アリス。未来のアリスから現在のボブに破壊指令が届くかどうかが確率的に決まるなら、多世界解釈を採ろうとコペンハーゲン解釈を採ろうとパラドックスに陥ることはないわ。

ボブ: おめでとう!君たち二人は因果律に反しないTimeCommunicationがありえるという結論に達したようだね。しかし、僕は認めないよ。そもそも、物理世界は未来に向かって発展しているのだから、そこには過去に情報を伝える効果が存在する余地などないんだよ。つまり、TimeCommunicationは原理的に不可能だといえる。

アリス: ボブの言うことも尤もだわ。TimeCommunicationについてさらに議論を進めるためには、TimeCommunicatorの工学的実現性を検討してみる必要がありそうね。


fig3

図3. 可能世界の分岐

測定の選択決定は、可能世界の分岐点である。

fig4

図4. TimeCommunicationと因果律

量子相関

キャロル: 量子相関はTimeCommunicationに使えないかしら。

ボブ: だめだね。量子相関を通信に使う場合、光速以下の古典的な通信手段と組み合わせる必要があるんだ。つまり、それは超光速通信に使えないということさ。まして、それがTimeCommunicationに使えるわけがない。

アリス: ボブの言うとおりね。もう大分昔の話だけど、Eberhardという人が量子相関はTimeCommunicationに利用できないことを論証しているわ。

キャロル: そうね。でも、その論証の前提に疑問があるの。そもそも、量子相関を利用してアリスからボブに通信をするというのはどういうことかしら?それはつまり、アリス側で量子系を測定する手段を切り換えることで、ボブ側の相関相手の量子系の測定値が変化するということでしょう?Eberhardは、測定前の測定対象の状態が、「何を測定するか」の選択決定に依存しないという前提で論証をすすめている。つまり、彼は測定前の測定対象の状態が、干渉測定の前であろうが経路測定の前であろうが全く同じだと想定している。でも、観測問題が未解決な現段階では、測定前の測定対象の状態が「何を測定するか」の選択決定に依存しないという権利は誰にもないわ。

実際、図3のように物理世界は「何を測定するか」の選択決定を分岐点として複数の可能世界に分岐するのだから、測定前の測定対象の状態が「何を測定するか」の選択決定に依存しないとはいえない。しかも、図4のようにボブの受信Bが、アリス側の送信A(: 特定の物理量の測定)を選択決定した原因事象Cより未来に位置するなら、TimeCommunicationが達成されたとしても因果律に反しないわ。

ボブ: そうかい。そりゃ結構。それじゃあ早く君の物置からTimeCommunicatorを引っ張り出してきてくれよ。

アリス: まあ、ボブったらけんか腰はだめよ。

ボブ: いや、いたって冷静さ。僕はただ、「相対論は間違っていた」に代表されるこの手のトンデモ説にうんざりしているだけだよ。

キャロル: 私は、「Eberhardの論証は間違っていた」とは言っていないわ。彼の論証の前提は一般的じゃないって言っているだけ。でも、そう言う以上、検証可能なTimeCommunicationのアイデアを示さなければトンデモ説と言われてもしかたがないわね。

アリス: とにかく、お互い冷静に行きましょう。


fig5

図5. HOM干渉

ハーフミラーHMの上下の入力ポートに互いに識別できない光子を1光子ずつ同時に入力すると、それらの光子は上下の出力ポートのどちらか一方に一塊に偏って出力される。

HOM干渉

アリス: 量子相関が通信に直接利用できないという定説が普及したのには、因果律に反するという直感やEberhardの論証以外にも理由があるわ。量子相関している粒子ペア(: EPRペア)を直接利用した通信(: EPR通信)は、先人たちがその可能性をさんざん検討した挙句放棄したテーマなの。むしろ、彼らは、その検討を通じて、EPR通信が不可能であるという確信に導かれたのよ。

ボブ: そのとおり。今では、その不可能性は第二種永久機関の不可能性と同様に確立された経験則だといえる。量子相関が直接通信に利用できるなどと言いふらすやからには、「トンデモさん」というラベルが貼られて当然なのさ。

キャロル: 私は、他人にどんなラベルを貼られるかということには興味はないわ。私の興味は、見過ごされてきたアプローチにあるの。図5を見て。

アリス: どこかで見たような図ね。これって、HOM干渉(Hong-Ou-Mandel interference)を説明した図じゃない?ハーフミラーHMの2つの入力ポートそれぞれに同時に1個ずつ光子を入力すると、それらの光子は2つの出力ポートのどちらかに一方に偏って一塊になって出力される。だから、2つの出力ポートに設置した光子検出器(D1, D2)の同時計数率はゼロになる。

キャロル: そのとおりよ。だけど、ハーフミラーへ同時に入力される2光子が互いに識別できる場合にはHOM干渉は起こらないわ。不可識別性は、多光子干渉の必要条件なのよ。

ボブ: それで、そのHOM干渉がTimeCommunicationとどう関係するのさ。

キャロル: 実は、HOM干渉の発展としてダブルHOM干渉という効果を考えることができる。私は、そのダブルHOM干渉こそがTimeCommunicationを実現する鍵だと考えているの。


fig6

図6. ダブルHOM干渉計

(a): ハーフミラーHM2から出力されるシグナル光子は、PDC1が放出した光子なのかPDC2が放出した光子なのか原理的に識別できない。したがって、HOM干渉は成立する。

(b): ハーフミラーHM2から出力されるシグナル光子は、PDC1が放出した光子なのかPDC2が放出した光子なのか原理的に識別可能である。したがって、HOM干渉は抑制される。

ダブルHOM干渉

キャロル: 図6は、ダブルHOM干渉を観測するための2光子干渉計よ。まず、パラメトリック下方変換器PDC1と同PDC2から、アイドラー光子(i1, i2)とシグナル光子(s1, s2)を放出させる(図中赤線)。パラメトリック下方変換器では、アイドラー光子とシグナル光子は必ずペアで発生する。そして、この光子ペアは、一方の光子の波長を測定すれば他方の光子の波長も決まり、また、一方の光子の位置を測定すれば他方の光子の位置も決まる量子相関状態にある。図6(a)は、アイドラー光子(i1, i2)同士をハーフミラーHM1で合波し、かつ、シグナル光子(s1, s2)同士をハーフミラーHM2で合波する場合を示している。実験の便宜上、シグナル光子(s1,s2)のそれぞれの光路上に一塊の(集群した)2光子を吸収する2光子吸収体TPA1, TPA2を設ける。また、光子ペアが同時に3ペア以上発生する場合を無視できるようにポンプ光のパワーを抑制している。ここで、PDC1, PDC2の出力特性が全く同じだとすれば、ハーフミラーHM2から出力されるシグナル光子は、PDC1が放出した光子なのかPDC2が放出した光子なのか原理的に識別できない。そこで、二人に質問するけど、この場合ボブ側の同時計数器CCにおける光子の同時計数率はどうなるとおもう?

ボブ: フム。そうすると、僕の側に2個同時に光子が到達する場合は、HOM干渉によって光子はどちらか一方の出力ポートに偏って一塊になって出力されるから、同時計数率はゼロになりそうだね。

キャロル: そのとおり!それじゃあ、図6(b)のようにアリスがHM1の手前でアイドラー光子(i1)を検出したら、ボブ側の同時計数率はどうなると思う?

ボブ: 光子の同時計数率は当然ゼロのままだろう。アリスがどんな測定をしようが関係ないさ。

アリス: ちょっとまって。私がHM1の手前でアイドラー光子(i1)を検出するということは、アイドラー光子(i1)とアイドラー光子 (i2)を別々に検出するということよね。そこで、もしそれぞれの光子の波長を測定したなら、普通それらの値は異なるでしょう。ということは、相関相手のシグナル光子(s1)とシグナル光子(s2)の波長も量子相関によって互いに異なる値に確定する。すると、ボブ側のハーフミラーHM2から出力される光子の波長を測定すれば、それがPDC1が放出した光子かPDC2が放出した光子かの識別が可能になる。だから、ボブ側でHOM干渉は起こらず、同時計数率はゼロにならないんじゃないかしら。でも、そうすると・・・・・

キャロル: アリスが、HM1を通過する前の光子を測定するか、HM1を通過した後の光子を測定するかに応じて、ボブ側の同時計数率が増減するから、この相関を利用すれば量子通信ができるということよ!


fig7

図7. ミンコフスキー時空図

相対論的因果律は、送信事象Aと受信事象Bが通信の原因事象Cを頂点とするFuture Light Cone(図の斜線部分)の中にあることを要請する。

fig8

図8. TimeCommunicator

ダブルHOM干渉計においてアリス側の光路をボブの側に比べて長くとれば、ボブが2光子を観測した後、(光路差÷光速C)秒後にアリスが対応する2光子を操作することになる。

TimeCommunication?

アリス: もし、あなたのアイデアが正しければ、超光速通信が可能になるのかしら。

キャロル: 送信事象から受信事象までの情報伝達に限って考えればそういうことね。でも、通信の原因事象から受信事象までの情報伝達速度は光速以下なの。この状況は、図7のように時間軸ctを縦軸とし空間軸xを横軸としたミンコフスキー時空図によって表せるわ。ここで重要なことは、送信事象Aと受信事象Bと通信の原因事象Cとの時空関係ね。相対論的因果律は、送信事象Aと受信事象Bが通信の原因事象Cを頂点とするFuture Light Cone(図の斜線部分)の中にあることを要請する。言い換えれば、そのFuture Light Coneの内側では、送信事象Aが受信事象Bより未来に位置するTimeCommunicationでも因果律に反しないのよ。

例えば、図8のようにアリスの側の光路をボブの側に比べて長くとれば、ボブが2光子を検出してからアリスが対応する2光子を検出することになるでしょう。だから、この場合、アリスの送信より前にボブが信号を受信する時間逆行通信が成立するわ。ただし、アリスの送信の原因事象はボブの受信より前に起こっていなければならない。

アリス: ということは、私の側の光路をボブの側の光路より300m長くとれば、私は1μ秒過去のボブへ情報を伝達できるわけね。ただし、通信の原因事象は私の送信よりも1μ秒以上過去に起こっていなければならないということね。

ボブ: おお神よ、ここにいる異端者たちを赦したまえ。二人ともしっかりしてくれよ。そもそも、通信の原因事象とやらと僕が観測する光子の間には何の相互作用もないんだよ。通信の原因事象とやらが相互作用によることなく僕の光子に影響するなんて戯言は、トンデモを通り越してオカルトの域に達しているよ。

アリス: それもそうね。相互作用によらない通信という考えは怪しいといえそうね。

キャロル: クレージーなアイデアであることは認めるわ。でも、量子相関は相互作用による相関ではないのだから、それを直接利用した量子通信が相互作用によらないのは当然の話なのよ。

ボブ: 開き直られたらお手上げだな。それじゃあ訊くけどさ、さっきから出てくる通信の原因事象っていったい何のことなのさ?まさか、それは神の一撃であるなんて言わないだろうね。

キャロル: 私は、通信の原因事象を量子力学的な確率事象だと考えているわ。例えば、1個の光子を0.1%に減光するNDフィルターへ入力した場合、透過光子が検出される確率は0.1%でしょう。このような量子現象を利用して0.1%の確率で物事を選択決定する量子サイコロを作ることができるわ。そこで、その量子サイコロによる0.1%の確率の選択決定を原因事象として決定論的に物事が進行して、アリスが上光路を遮るという結果に至った場合を想像してみて。その場合、量子サイコロによる選択決定は、アリスが上光路を遮るという結果を導く究極的な原因事象だと言えるわ。

ボブ: でも、多世界論によれば光子がNDフィルターで吸収される99.9%の確率で起こる事象と光子がNDフィルターを透過して検出される0.1%の確率で起こる事象とは両方とも異なる世界において実在しているはずだろ。だったら、ごく小さい確率の事象の方が僕の光子に遠隔的に作用するなんてことがどうしておこるのさ?

キャロル: 多世界の内の一つの世界の事象がボブの光子に遠隔的に作用するというよりは、現実となった原因事象と共可能(無矛盾)な状態が、ボブの光子の状態として選ばれると考える方が自然だわ。実際、ボブは通信の原因(量子サイコロによる選択決定)を、ボブの光子を検出する前に、光速以下の通信によって知り得る立場にいるから、ボブの光子の状態は通信の原因事象と共可能(無矛盾)でなければならないのよ。

アリス: 何だか、哲学的な話になってきたわね。やっぱり、これは実験によって決着すべき問題ね。