Rita_Phil

Phil: I've been stabbed, shot, poisoned, frozen, hung, electrocuted,and burned.

Rita: Oh, really?

Phil: ...and every morning I wake up without a scratch on me, not a dent in the fender... I am an immortal.

Groundhog Day (1993)

fig6

図6. ダブルHOM干渉計

(a): ハーフミラーHM2から出力されるシグナル光子は、PDC1が放出した光子なのかPDC2が放出した光子なのか原理的に識別できない。したがって、HOM干渉は成立する。

(b): ハーフミラーHM2から出力されるシグナル光子は、PDC1が放出した光子なのかPDC2が放出した光子なのか原理的に識別可能である。したがって、HOM干渉は抑制される。

4.何を意味するのか?

この章では、TimeCommunicationの物理学的意味について考察します。

量子通信

ボブ: 物理の専門教育を受けていない僕たちには、量子光学に関する思考実験なんてできるわけがないよ。

アリス: 仮に思考実験ができたとしても、その結論の信憑性は甚だ低いといわざるを得ないわね。

キャロル: 常識的に考えれば確かに無謀よね。でも、世界像を追求するという営為は、自由な人間の証だとは思わない?「世界像の追究は専門家に委ねるべきだ」という常識の方こそ疑うべきじゃないかしら?

ボブ: 素人が物理学を先に進めることなんて絶対にありえない。

アリス: ボブ、断定するのはよくないわよ。もし、正規の教育を受けていないという理由で、ファラデーが科学(世界像の追究)を断念していたら、古典電磁気学の完成は遅れていたに違いないわ。キャロルの話も聴いてみましょうよ。

キャロル: ありがとう、アリス。それじゃあ、話を先に進めさせていただくわ。まず、第1章の図6(左図)についてさらに詳しく検討してみましょう。

図6の(a), (b)は、一対のパラメトリック下方変換器PDC1, PDC2から放出されたアイドラー光子(i1, i2)をハーフミラーHM1で合波干渉させ、シグナル光子(s1, s2)をハーフミラーHM2で合波干渉させる2光子干渉計だったわね。アイドラー光子とシグナル光子とからなる光子ペアは、一方の光子の放出時刻を測定すれば他方の光子の放出時刻も定まり、一方の光子のエネルギーを測定すれば他方の光子のエネルギーも定まる量子相関状態にある。図6(a)は、ハーフミラーHM1, HM2の双方で光子の合波干渉が行われるようにした場合よ。光源PDC1から放出されたアイドラー光子(i1)と光源PDC2から放出されたアイドラー光子(i2)はハーフミラーHM1により同じ光路上に合波され、光子吸収板(T1, T2)で吸収される。一方、光源PDC1から放出されたシグナル光子(s1)と光源PDC2から放出されたシグナル光子(s2)とはハーフミラーHM2により同じ光路上に合波され、光子検出器(D1, D2)へ入力される。

光源PDC1から放出される光子の量子状態|ψ1>と、光源PDC2から放出される光子の量子状態|ψ2>は数式(1), (2)ように表される。

formula1-2

数式(1), (2)において、|0>はゼロ光子状態、|1>は1光子状態、|2>は2光子状態を表し、amnは光源PDCmから放出されるn光子ペアの確率振幅を表し、また、ケット内の添え字{i1, s1, i2, s2}はそれぞれ{PDC1からのアイドラー光子,PDC1からのシグナル光子,PDC2からのアイドラー光子,PDC2からのシグナル光子}を表す。パラメトリック自然放出の性質により、シグナル光子とアイドラー光子は必ずペアで発生する。ただし,一度に何ペア出るかは確率的であり、出力状態は重ね合わせとなる。発生する光子ペア数の確率はポンプ光パワーに依存する。ポンプ光パワーの設定により、3ペア以上発生する確率は十分小さいものとする。そうすると、二つの非線形媒質出力を合わせた全系の初期状態|Ψ0>は,近似的に数式(3)のように表される。

formula3

3ペア以上の発生確率が十分小さい状況は、PDC1とPDC2で2ペアと1ペアが同時に発生する確率や2ペアと2ペアが同時に発生する確率が十分小さいという状況でもあるので第6項,第8項,第9項は無視してよい。また、ここでは同時計数器CCの同時計数に反映される2光子干渉を問題にしているので、第1項,第2項,第4項を除外する。さらに、2光子吸収体TPA1, TPA2でバンチした2光子が吸収されることを考慮すると、第3項,第7項も除外できる。結局、第5項だけを検討すればよいので、検討対象の状態|Ψ1>は数式(4)ようになる。

formula4

光源PDC1, PDC2の出力特性が全く同じであれば、ハーフミラーHM1, HM2の出力においてアイドラー光子(i1)とアイドラー光子(i2)の区別やシグナル光子(s1)とシグナル光子(s2)の区別は原理的に不可能になる。そこで、|1i1>=|1i2>≡|1i>,|1s1>=|1s2>≡|1s>とすると終状態|Ψ2>は数式(5)のようになる。

formula5

ただし、ケット外の添え字{t1, t2, d1, d2}は、それぞれ{光子が光子吸収板(T1)に在る,光子が光子吸収板(T2)に在る,光子が光子検出器(D1)に在る,光子が光子検出器(D2)に在る}ことを表す。また、簡単のために|Ψ1>における各光子ペアの確率振幅とそれに対応する|Ψ2>における各光子ペアの確率振幅とは等しいものとした。数式(5)は、HOM干渉によって同時計数器CCの同時計数率がゼロになることを示している。

つぎに、図6(b)のようにアイドラー光子(i1)をシャッターSHで吸収する場合について述べる。この場合は、アイドラー光子(i1)とアイドラー光子(i2)の物理量(放出時刻やエネルギー)がそれぞれ独立に定まる。すると、量子相関によりシグナル光子(s1)とシグナル光子(s2)の物理量もそれぞれ独立に定まる。したがって、シグナル光子(s1)とシグナル光子(s2)とは識別可能な光子になっている。そこで、終状態|Ψ'2>は数式(6)のようになる。

formula6

ただし、ケット外の添え字shは、光子がシャッターSHに在ることを表す。また、簡単のために|Ψ1>における各光子ペアの確率振幅とそれに対応する|Ψ'2>における各光子ペアの確率振幅とは等しいものとした。

|Ψ'2>では、HOM干渉が抑制される分|Ψ2>の場合よりも同時計数率が増大する。つまり、図1の装置ではシャッターの開閉に応じて、HOM干渉が遠隔選択され、同時計数器CCでの同時計数率が変化する。

この効果は量子通信に用いることができる。すなわち,アリスが送信情報に対応させてシャッターSHを開閉することにより信号を送信し、ボブが同時計数器CCで同時計数率の変化を測定することにより信号を受信する量子通信が成立する。


fig8

図8. TimeCommunicator

ダブルHOM干渉計においてアリス側の光路をボブの側に比べて長くとれば、ボブが2光子を観測した後、(光路差÷光速C)秒後にアリスが対応する2光子を操作することになる。

fig14

図14. 実用的なTimeCommunicator

双方向性の光ファイバーコイルを8の字様に配置したTimeCommunicatorは、10μ秒以上の時間逆行通信を良好に達成できる。

TimeCommunication

キャロル: つぎに、第1章の図8(左図)についてさらに詳しく検討してみましょう。図8は、アイドラー光子の光路長をシグナル光子の光路長よりも長く設定した量子通信装置よ。この場合、シグナル光子の検出後に対応するアイドラー光子が吸収される。この事態は、時間逆行通信の可能性を示唆している。実際、受信事象が「通信の原因事象を頂点とするFuture Light Cone」(以下、通信のFuture Light Coneという)の内側にある場合、時間逆行通信は相対論的因果律に反しない。ただし、通信の原因事象とは、「通信情報を生成する世界」を選択決定する量子力学的確率事象のことよ。

ここで、通信の原因事象によって、「シャッターSHが閉鎖される世界」が選択される場合を考えてみましょう。受信時空領域が通信のFuture Light Coneの内側にある場合、受信時空領域ではシャッターSHの閉鎖原因(通信の原因事象)の存在を光速以下の古典通信によって知ることができる。シャッターSHの閉鎖原因は「シャッターSHが閉鎖される世界」に属しているのだから、その存在を知ることができる受信時空領域もまた「シャッターSHが閉鎖される世界」に属している。受信時空領域が「シャッターSHが閉鎖される世界」に属しているのだから、受信時空領域のシグナル光子(s1)とシグナル光子(s2)は量子相関によって識別可能な光子になっている。シグナル光子(s1)とシグナル光子(s2)とが識別可能な光子になっているのだから、シグナル光子(s1)とシグナル光子(s2)とのHOM干渉は抑制される。

結局、図8の装置は、通信のFuture Light Coneの内側において過去への通信に利用できる。

でも、図8のような装置を精度よく製作することは難しい。そこで、実用に供するTimeCommunicatorは、図14のような双方向性の光ファイバーコイルを設けた装置になるでしょう。ただし、単に双方向性の光ファイバーコイルを設けただけでは、装置全体が回転した場合、光ファイバーコイルを進む光が右回りの場合と左回りの場合とで光路差を生じてしまう(: サニャック効果)。このサニャック効果を相殺するために、図14の装置では、互いに逆方向に巻かれた光ファイバーコイルOFC1, OFC2を設けている。このようにサニャック効果を相殺すれば、光ファイバーコイルの光路長を数Km以上に設定しても光路差をゼロにできる。したがって、このような装置を使えば、1回の送受信で10μ秒以上の時間逆行通信を良好に達成できる。


Leibniz

ゴットフリート・ライプニッツ (1646-1716)

可能世界論

ボブ: TimeCommunicationの成立は、多世界解釈の正当性を保証するのだろうか?

アリス: TimeCommunicationの理論は、多世界的な世界像にもとづいているから、そういえるんじゃないかしら。

キャロル: 私は、そうは思わない。なぜなら、TimeCommunicationは多世界解釈の根底にある決定論を正当化するものではないからよ。むしろ、物理世界は現象として現れる現実世界と可能性として記述される可能世界という二種類の世界から構成されていると考えられる。多世界解釈のように、決定論を擁護するために可能世界を現実世界と同一視する論理的必然性は無いのよ。

アリス: ふ〜ん。TimeCommunicationは、必ずしも多世界解釈を支持するわけじゃないということね。

キャロル: ガリレイは「自然という書物は数学によって書かれている。」といった。物理世界が数学体系に対応するかたちで客観的に存在するという考え方は、明らかに決定論的世界観に基づいているといえるわね。これはニュートンからアインシュタインに至る古典物理学を貫いている考え方よ。一方、ニュートンの宿敵ライプニッツは、自然(物理)を記述するためには決定論的な数学(矛盾律)だけでは不十分だと考えた。彼は、物事には究極的な原因(充足理由)があり、究極的な原因は偶然に生じると考えた。つまり、ライプニッツは「自然という書物は必然的な論理と偶然的な現象とによって書かれている。」と考えた。さらに彼は、現実世界が偶然に由来するなら、現実世界になり得る多くの世界、つまり可能世界という概念を受け入れざるをえないと考え「可能世界論」を展開した。この「可能世界論」は量子力学に繋がる考え方だといえる。

アリス: でも、ライプニッツは可能世界同士の干渉が現実世界に影響を及ぼすという考えには至らなかった。

キャロル: それが、彼、というよりその時代の限界だったといえるわね。それから2世紀に渡って決定論的なニュートン力学が物理学を支配したために、可能世界は現実世界と並び立つ世界から我々の知識不足を補う便宜上の仮定へと格下げされてしまった。しかし、ライプニッツの「可能世界論」や充足理由律を現代の量子力学や相対論的因果律に対応させて考えると、可能世界同士が干渉する時空領域は相対論的因果律によって規定されているという新たな認識に至る。TimeCommunicationが通信のFuture Light Coneの内側に限定されるのはそのためよ。私は、この認識に立てば、量子力学の観測問題も解決できると睨んでいるわ。


cat

シュレーディンガーの猫

ガイガーカウンターでα粒子の有無を測定することが確定している世界では、α粒子は有るか無いかの様相的な混合状態だといえる。したがって、その世界では猫の状態は生か死かのいずれかであって、生と死との重ね合わせではない。

From B.S.Dewitt(1970)

'Quantum mechanics and reality',Physics Today,23,9.

fig15

図15. 生きた猫と死んだ猫は異なる可能世界に存在する

量子猫の実験は、実験より前にガイガーカウンターでα粒子を測定することを選択決定した原因事象が存在したからこそできる実験である。その原因事象を分岐点として、可能世界はガイガーカウンターを使った測定が行われない可能世界と測定が行われる可能世界とに分かれる。ガイガーカウンターの測定が行われる世界において、ガイガーカウンター内のα粒子の状態は有るか無いかの様相的な混合状態だといえる。そこで、ガイガーカウンターによるα粒子の検出あるいは非検出によって、可能世界は猫が死んでいる可能世界と猫が生きている可能世界へと分岐する。現実世界は、分岐する可能世界のいずれか一つの世界として実現する。

シュレーディンガーの猫

アリス: 量子力学の観測問題といえば、まず思い浮かぶのは「シュレーディンガーの猫」ね。シュレーディンガーの思考実験をおさらいしておくわね。


ラジウム原子からのα粒子の放出,非放出の重ね合わせ

⇒. ガイガーカウンターによるα粒子の検出,非検出の重ね合わせ

⇒. 青酸ガス入りビンの破壊,非破壊の重ね合わせ

⇒. 猫の死,生の重ね合わせ

⇒. 観測者による猫の安否の確認


つまり、量子力学を正直に適用すると、猫の状態が生と死の重ね合わせとして記述されるのに、現実には、猫は必ず生死いずれかの状態として観測(認識)されるから量子力学は現実を正しく記述できないように見える。

ボブ: 「シュレーディンガーの猫」って、量子デコヒーレンス理論によって解決ずみじゃなかったっけ?

アリス: そんなことはないわ。確かに、量子デコヒーレンス理論は解決策として有望視されている。だけど、それで純粋状態から混合状態への遷移が完全に導出できたわけじゃないわ。

キャロル: 私は、デコヒーレンスの理論は袋小路に陥ると思う。それは、相対論以前にあったエーテルの理論のようなものよ。エーテルの理論は、はじめ有望視されていたけど、マイケルソン・モーレーの実験結果を無理なく説明できなかったため最終的には放棄された。結局、ローレンツ収縮はエーテルと物体との相互作用に基づく効果ではなく、時空の幾何学から直接導かれる効果だということになった。同じことが観測問題についてもいえると思う。すなわち、純粋状態から様相的な混合状態への遷移は、ミクロ系とマクロ系との相互作用に基づくデコヒーレンスではなく、相対論的因果律から直接導かれる効果なのよ。

ボブ: トンデモ注意報発令!

アリス: 茶化さないで、キャロルの話を聞いてみましょうよ。

キャロル: 量子デコヒーレンス理論がダメなことは、それを「シュレーディンガーの猫」に当てはめてみればすぐにわかるわ。猫がデコヒーレンスによって生と死の量子的混合状態になれば、一見観測問題は解決されたかのように見える。ところが、量子力学を正直に適用すると問題は何も解決されていないことがわかる。実際、デコヒーレンスが起こって猫が生と死の量子的混合状態になったとしても、猫が「生と死の確率的混合」だと断言することはできない。というのは、数学的には「生と死の確率的混合」と同程度に「(生+死)と(生−死)の確率的混合」も存在するはずだからよ。したがって、「シュレーディンガーの猫」のパラドックスはデコヒーレンスの理論によって解決できない。

ボブ: それじゃあ、相対論的因果律を考慮すればこのパラドックスを解決できるというのかよ。

キャロル: そうよ、拍子抜けするほど簡単に解決できる。一般に、ある測定基底(例えばガイガーカウンターにおけるα粒子の検出,非検出)について測定する場合、その測定基底を決定する原因事象が必ず存在する。その原因事象がそれ以上原因を遡ることができない究極的な原因事象だとすると、それは量子力学的確率事象(量子サイコロ投げ)だといえる。そこで、そのように実際に測定する測定基底(以下、実測定基底という)を選択決定する究極的な原因事象を測定の原因事象ということにする。一般に、1つの測定の原因事象だけでは実測定基底を確率的に決定することしかできない。しかし、ここでは簡単のために1つの測定の原因事象が実測定基底を完全に決定する場合について考える。そうすると、測定の原因事象を頂点とするFuture Light Cone(以下測定のFuture Light Coneという)の内側の世界では、記述対象は既決の実測定基底の様相的な混合状態だといえる。なぜなら、その世界において他の測定基底による測定は因果的にありえないからよ。「シュレーディンガーの猫」に当てはめていえば、ガイガーカウンターにおけるα粒子の検出,非検出を実測定基底として決定した原因事象を頂点とするFuture Light Cone(: 測定のFuture Light Cone)の内側の世界では、α粒子の状態は存在と非存在の確率的混合だといえる。なぜなら、測定のFuture Light Coneの内側では、α粒子は検出されるか検出されないかのいずれかであることが自明だからよ。さっき言ったように、もしα粒子の状態が量子的混合状態だとすると、それは(存在+非存在)や(存在−非存在)という純粋状態に分解することができる。だけど、測定のFuture Light Coneの内側では、そのような量子的混合状態は測定の原因事象と因果的に整合しないが故にありえない。結局、測定のFuture Light Coneの内側の測定対象の状態は、測定の原因事象との因果関係によって純粋状態への分解の仕方が限定された様相的な混合状態だといえるのよ。

アリス: α粒子の検出,非検出を実測定基底として選択決定した原因事象は、α粒子が存在,非存在の確率的混合になっていることの充足理由だというわけね。そうすると、「シュレーディンガーの猫」では青酸ガス入りのビンや猫などの状態は最初から様相的な混合状態になっていると言えるのね?

キャロル: そのとおりよ。そう考えて何の矛盾も無いわ。

ボブ: 恐れ入ったな。純粋状態から様相的な混合状態への遷移が相互作用無しに起こるというのかい。

キャロル: そう。相互作用なんかいらない。そもそも、相対論的因果律から直接導かれる効果を相互作用によって説明しようとすること自体が無理だったのよ。今までシュレーディンガーの猫の問題が解けなかった理由は、測定系において相対論的因果律を適正に考慮しなかったからよ。


fig16

図16. ホイーラーの遅延選択実験

(a): 第1のハーフミラーHM1で二つに分かれた光路のそれぞれに検出器を置けば、光子がどちらか一方の光路で検出されるので、光子はどちらか一方の光路を通ってきたように見える。

(b): 第2のハーフミラーHM2によって各光路の光を合波させた上で光子を検出すれば、干渉が観測されるので光子は両方の光路を通ってきたように見える。

dragon

霧中の竜王

量子力学では、測定と測定の間の測定対象の状態は霧中の竜王のように曖昧です。

陳容 「九龍図」部分 (1244)

霧中の竜王

キャロル: ホイーラーの遅延選択実験は、シュレーディンガーの猫の思考実験より測定系が整理されいている。この思考実験の状況を分析すれば、純粋状態から様相的な混合状態への遷移の時空的な境界が明確にできるわ。

アリス: ホイーラーの遅延選択実験についておさらいしておくわね。1978年、ホイーラーは、光子を第1のハーフミラーで二つの光路に分けた後に、その光路を測定するか、それとも第2のハーフミラーで光路を再び重ね合わせてその干渉を測定するかを選択する遅延選択実験を提案した。図16(a)のように、第1のハーフミラーHM1で二つに分かれた光路のそれぞれに検出器を置けば、光子がどちらか一方の光路で検出されるので、光子はどちらか一方の光路を通ってきたように見える。ところが、図16(b)のように第2のハーフミラーHM2によって各光路の光を合波させた上で光子を検出すれば、干渉が観測されるので光子は両方の光路を通ってきたように見える。つまり、遅延選択実験では測定装置の事後的な設定が光子の過去におけるふるまいの原因になっているかのように見える。しかし、そのような見方は因果律に反するので間違っている。そこで、ホイーラーは、量子現象はそれが記録されるまでは現象ではないと主張したのね。

キャロル: ホイーラーはP. C. W. デイヴィスのインタビューにこう答えている。

「はっきり思い描くことのできることは、実際、「霧中の竜王」のようなものです。竜の尾は鋭くはっきりしています。それは光子が器具の中に入って半透明鏡を通過するときです。竜の口はきわめて明白です。それは光子が一方あるいは他方の検出器に達したときです。しかしその間は、それが存在するという権利はありません。」(P. C. W. Davies and J. R. Brown "The Ghost in the Atom"1986, 出口修至 訳)

竜王の胴体が霧に覆われて見えないということは、端的に言えばその間の光子の状態変化が力学的に記述できないということよね。だから、ホイーラーの遅延選択実験は、力学(対象の状態変化を相互作用に基づいて記述しようとする試み)の限界を示しているといえるのよ。

ボブ: それじゃあ、君の観測理論で竜王を覆う霧をはらってもらおうか。

キャロル: いままでの常識では、最初のハーフミラーを通過した直後の光子の状態は上光路状態と下光路状態の重ね合わせだとされている。だけど、それは必ずしも正しくない。だって、その時すでに光路を測定することが確定してれば、光子の干渉を観測することは因果的にありえないし、光子は必ず上光路,下光路いずれかで検出されるでしょう。だから、その場合光子は最初のハーフミラーを通過した直後から上光路,下光路いずれかにあると考えて何の矛盾もないのよ。

アリス: わかったわ!光子が最初のハーフミラーを通過した時から光路測定のFuture Light Coneの中に入っていたら、光子の状態は最初から様相的な混合状態なのね。そして、光子が光路の途中で光路測定のFuture Light Coneの中に入る場合は、その超円錐面で純粋状態から様相的な混合状態への遷移が起こるのね。

キャロル: そのとおり!それが霧の向こうに隠れていた竜王の姿なのよ。

ボブ: 残念ながら、君の説は典型的なトンデモ説だね。例えば、ホイーラーの装置における光路測定が、シュテルンゲルラッハ装置における上向きスピン電子の検出という原因事象に対応する結果事象だとしてみよう。このような因果関係を保証するために、今度はシュテルンゲルラッハ装置の上向きスピン検出に対応する原因事象を持ち出す必要性が出てくる。つまり、(測定Zの原因事象=測定Y),(測定Yの原因事象=測定X),(測定Xの原因事象=測定W)・・・・という無限後退に陥る。無限後退に陥って根拠を示すことができないということは、君の説がトンデモ説である証拠だよ。

キャロル: サルトルは「実存は本質に先立つ」と言ったわ。彼の言葉を引き合いに出すまでもなく、物理現象は物理理論よりも優先されなければならない。つまり、あなたのシュテルンゲルラッハ装置における上向きスピン電子の検出という現象が測定の原因事象として採用できることは自明なのであって、その正当性を根拠付ける必要性なんかどこにもないわ。量子力学の決定論的形式よりも確率的に生起する現象が優先されなければならないのよ。確かに、量子力学的確率事象の因果的連鎖という事態は存在する。でも、それは悪質な無限後退などではない。むしろその連鎖こそが、かくあって別様ではない我々の歴史を形作ってきたといえるのよ。

ボブ: 哲学に逃げ込むなよ。

キャロル: 哲学に逃げ込んでいるのはあなたの方でしょう。私の観測理論は、TimeCommunicatorを使って実験的に検証できるわ。あなたの反論(測定の原因事象の存在は非自明であるという主張)の科学的根拠は一体全体何なのかしら?

アリス: もう、二人ともいい加減にしなさい!どちらが正しいにしろ、TimeCommunicationが実験的に検証されるまでは埒が明かないんだから、それまでは一時休戦よ。いいわね。


tokyo_subway

東京地下鉄路線図

「宇宙は一つの方程式で書き下せる」と豪語する決定論的な物理学は、東京地下鉄路線図のようなものである。その図には「私」がいま秋葉原駅にいるという現実が完全に抜け落ちている。

Tokyo subway map from www.bento.com

fig17

図17. 観測者に関する測定対象の状態の相対性

観測者Aが測定する測定基底(例えばHV偏光測定基底)が、すでに、測定の原因事象Cで選択決定されているとすれば、測定の原因事象Cを頂点とするFuture Light Coneの内側の観測者Aは測定前からその測定(HV偏光測定)が行われる現実世界に属している。そこで、観測者Aは測定のFuture Light Cone内の測定対象の状態をその測定基底に関する様相的な混合状態として記述する。しかし、測定のFuture Light Coneの外側にいる観測者Bにとって、測定の原因事象Cは複数ある可能世界の中の一つの可能世界における事象にすぎない。したがって、観測者Bは、測定のFuture Light Cone内の測定対象の状態を「全ての可能世界における測定対象の状態の重ね合わせ」として記述する。

実存物理学(様相解釈)

ライプニッツが見出した可能世界は、決定論的なニュートン力学の隆盛の陰で、現実世界と並び立つ世界から我々の知識不足を補う便宜上の仮定へと格下げされてしまいました。 ところが、非決定論的な量子力学の出現によって、可能世界は再び物理の表舞台へと躍り 出てきました。

そこで、思い切って物理世界は現実世界と可能世界とからなる2元的世界であると宣言し たらどんなことがいえるでしょうか。


1.観測者にとって物理世界は現実世界と可能世界とからなる。


ここで観測者が第一義的な存在として登場する理由は、そもそも現実世界や可能世界という概念 が観測者に関して相対的に定義される概念だからです。

すなわち、


2.現実世界とは、観測者からみて測定(非人為的測定を含む)された物理世界である。

3.現実世界が占める時空領域は観測者の「いまここ」の時空点を頂点とするPast Light Cone の中に限られる。

4.可能世界とは、観測者(記述者)からみて測定されていない物理世界である。

5.可能世界は全ての時空領域に及ぶ。


観測者は、測定によって非決定論的にユニークな歴史(個体史)を積み重ねていく「いまここ」に在る個体です。そこで、観測者は現象として存在する実存だといえます。

なお、測定はつぎのように定義されます。


6.測定とは様相的な混合状態から一つの純粋状態(測定値)が非因果的・非決定論的(確率的)に選択決定される熱力学的に不可逆な事象である。


ただし、上記の熱力学的な不可逆性は、統計的な近似としての不可逆性ではありません。それは、プリゴジンがいうように第一原理として要請される不可逆性です。


可能世界という概念を、量子力学に整合させるために、


7.可能世界は一つの純粋状態として記述できる。


とします。すると重ね合わせの原理は次のことに対応します。


8.純粋状態は、測定され得ない可能世界の重ね合わせとして記述できる。


ここで、測定され得ないという条件が重要です。測定され得る可能世界の混合として記述される世界は純粋状態ではなく様相的な混合状態だからです。

すなわち、


9.様相的な混合状態とは、測定され得る可能世界の確率的混合である。


さらに、測定され得る可能世界の存在を因果的に保証するために実測定基底(実際に測定される測定基底)を選択決定する測定の原因事象を定義する必要がでてきます。


10.測定の原因事象とは、実測定基底を選択決定する量子力学的確率事象である。


なお、ここで量子力学的確率事象とは様相的な混合状態から一つの純粋状態が非因果的・非決定論的(確率的)に選択決定される熱力学的に不可逆な事象です。したがって、それ自体もまた非人為的な測定事象だといえます。


測定のFuture Light Coneを定義します。


11.測定のFuture Light Coneとは、測定の原因事象を頂点とするFuture Light Coneである。


すると、経験的事実からつぎのことが帰納できます。


12.測定のFuture Light Coneの内側における測定対象の状態は、様相的な混合状態である。


結局、測定対象の純粋状態から様相的な混合状態への遷移は次のように定義できます。


13.測定対象の純粋状態から様相的な混合状態への遷移とは、測定のFuture Light Cone内の観測者(記述者)からみた測定対象の状態が、測定のFuture Light Coneの超円錐面を 時空的境界として、測定され得ない可能世界の 重ね合わせから測定され得る可能世界の確率的混合へと変化することである。


以上の可能世界論は、以下の利点をもちます。


Ⅰ.現象として存在する観測者(実存)を物理世界の中心に据えられる。(→.実存物理学(様相解釈), →.心の哲学)

Ⅱ.測定対象が純粋状態から様相的な混合状態への遷移する根拠及び記述が与えられる。

Ⅲ.量子力学と相対論とを整合させる物理学的世界像として期待できる。

Ⅳ.TimeCommunicatorや非決定性チューリングマシンなどの技術革新を支える基本思想を提供する。